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#020 パワハラを見逃す空気を解体せよ——沈黙は加担、見て見ぬ振りは加害

前職で数十年も大人数の会社にいると、人事として、あるいは組織の上長として、組織内のパワハラ事案と何度か対峙する機会があった。今振り返ると、その大半において対応に大きな反省が残る。今回の記事は、そんな自省から、世の中から少しでも心が深く傷つく人が減るために記す。
今回の“空気”は刃物のように人の心を傷つけるから深刻だ。

なぜ専門家による対処に進まないのか?——制度よりも空気が強い組織の現実

企業には、パワハラが起きたときに専門家に相談する選択肢がある。
厚生労働省の指針もあるし、もはや就業規則も整備されている。弁護士や社労士、社内外のハラスメント相談窓口もある。

それでも、現場では「専門家に任せよう」という流れにならないことが多い。

なぜか?
それは、制度よりも“空気”が強いからだ。

制度は整っている。
専門家もいる。
でも、空気がそれを使わせない。

この「空気の力」が、制度を骨抜きにし、沈黙を生み、傷ついた人を放置する。
そしてその空気は、組織とそこにいる一人ひとりの成熟度を映す鏡でもある。

制度があるのに動けないのは、制度の問題ではない。
それを使えない空気を変えられない、私たち自身の問題なのだ。

本記事では、その空気の正体に迫りながら、私たちがどう抗えるかを考えていきたい。

見えない“心の痛み”は、見ようとしなければ見えない

職場で起きるパワハラは、実は、見ようとしなければ見えない。

「ハラスメント事象による心の影響度は、被害者にしかわからない。」

パワハラは、単なる言動の問題ではない。
それは、心の奥深くに傷を残す行為であり、日常的な悩みや過去のトラウマと結びついて、人生そのものを揺るがす引き金になることがある。

だからこそ、心の問題以前に、パワハラ“行為”そのものを速やかに排除すべきだ。
制度等にのせて排除する行為に動けるかは、仕組みの話ではなく、企業・組織・人としてのあり方の話だ。

「どうせ変わらない」という諦めと“個人の保身”が、正義を止める

パワハラが放置される理由は、制度の不備だけではない。
もっと根深いのは、組織の中に染みついた「諦めの空気」と「個人の保身」だ。

・異動させても異動先で同じことが起こるだろう
・高度な専門家だから異動させたら組織の仕事に影響する
・報復で今度は被害者になりたくない
・トバッチリは嫌だ
・被害者の心が弱いせいだ
・教育や指導には高圧な言い方が必要だ
・処罰すると社内が混乱する

こうしたバイアスが、声を上げることを阻む。
そして最悪なのは、人事部や法務部などの制度をハンドリングする部署がその事象を知らないこと。

人は弱い。自分の御身が第一なので、いろんなバイアスに負けて伝えられないことが多い。

この言葉は、組織の成熟度を問う問いでもある。
誰かが傷ついているときに、周囲が「自分は関係ない」と思ってしまう風土。
それこそが、パワハラを放置する最大の構造的要因だ。

こうした“無理バイアス”と“個人の保身”が、就業規則という社内の法律を骨抜きにしてしまう。
本来、企業はその規則に基づいて、加害者を処罰する責任がある。

それができないのは、組織や周囲が「秩序」や「功績」を優先し、「人の尊厳」を後回しにしているからだ。

でも、私は思う。
あきらめムードや保身こそが、組織の病なのだと。

「自分の心が弱いから」と被害者に思わせてはいけない

パワハラの被害者は、往々にして自分を責める。

・自分の問題
・自分の心が弱いから
・変に伝わると被害が大きくなる
・私が我慢すれば済むこと
・他の人はうまく受け流している

こうした自己否定のバイアスは、被害者をさらに孤立させる。
そして、声を上げることをためらわせる。

でも、違う。
悪いのはパワハラだ。
ハラスメント行為の強弱は関係ない。
感受性は人それぞれなのだから。

そして、守るべきは加害者の功績ではなく、被害者の心である。

「傷ついている人がいる」という事実を、組織の中心に

私が最も強く伝えたいのは、「ここまで深く傷ついている人がいる」という事実を、組織が正しく認知しているかどうかだ。

その苦しみの深さは客観的に見えづらい。
だからこそ、企業は「状態」ではなく「背景」に目を向ける必要がある。

制度は専門家に任せていい。でも、心は現場で守る

厚生労働省の指針や、専門家による対応プロセスは、確かに有効だ。
でも、それだけでは救えない人がいる。

制度は、心の痛みを完全には測れない。
だからこそ、現場の空気が変わらなければ、何も変わらない。

あきらめムードを、「それでもやるべきだ!」に変えること。

それが、現場の人間が人としてできる最も大切なことだと思う。

ターゲットがもし自分だったら、もし自分の子供だったら、愛する人だったら。
そのように想像すれば行動変容出来ないだろうか。

「沈黙の構造」が専門家を遠ざける

沈黙の構造は、述べてきた通り、

・被害者が「自分の心が弱いから」と思ってしまう
・周囲が「言っても仕方ない」と諦めてしまう

といった沈黙構造が、専門家に届くはずの声を奪ってしまう。
専門家は、声が届かなければ動けない。
そして、声が届かないのは、組織の中に「言えない空気」があるからだ。

制度ではなく、あなたのまなざしが、誰かを救うかもしれない

誰かのまなざし。
誰かのひとこと。
誰かの「気づいているよ」という態度。

それが、制度よりも早く、深く、確かに人を救うことがある。

あなたのまなざしが、誰かの「もう少し頑張ってみよう」に繋がるかもしれない。

あなたのその姿勢が、組織の多くの人を動かすかもしれない。

空気に流されるのではなく、空気を変える側に立つ

組織には「空気」がある。
その空気は、時に人を守り、時に人を傷つける。

「空気を読む」ことが美徳とされる社会の中で、「空気を変える」ことは、勇気のいる行為だ。

でも、空気は変えられる。
誰かが一歩踏み出すことで、空気は動き出す。

「それはおかしいよね」と言える人がいるだけで、沈黙の構造は揺らぎ始める。

空気に流されるのではなく、空気を変える側に立つ。
それが、組織を健全に保つための、静かなリーダーシップだと思う。

最後に:誇りを持って働ける組織へ

働く人が誇りを持ってイキイキと働ける組織をつくるためには、見えない痛みに目を向ける勇気が必要だ。
傷ついた人の声を、組織の中心に据えること。
その痛みを、見えるようにすること。
その存在を、聞こえるようにすること。

そして、あきらめムードに、静かに抗うこと。

空気は、変えられる。
その一歩は、あなたのまなざしから始まる。
パワハラ被害者が長く苦しいトンネルから抜け、あなたと同じく幸せな生活を送れるかは、あなたの抗いが必要だ。

筆者紹介:風を読む人事家
自動車業界で、人事etc.~海外子会社CEO~人事担当役員などを経て当社へ。社員の幸福感と、業績と経営へのインパクトとの両立に拘って、あらゆる人事・組織の理論と実践を行き来しながら、組織という名の“生き物”と格闘してきた。フィールドを建設業界に移し、今日も人と組織の“幸福感”を追求中。
週末のライフワークである人事・組織理論の読書の傍らで徒然なるままに書き溜めたブログです。
建設業のリアルな現場でも実践し得られたことの共有や、人事・組織論の視点から、世の中の矛盾や不条理を鋭く、時に皮肉を交えて切り取ります。
業種を問わずさまざまな企業の中で「なんとなくモヤモヤしている」「組織の中で立ち止まっている」そんなあなたの思考に一石を投じるヒントがここにあるかもしれません。
2025年7月より当社代表取締役社長