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#022 組織の“伝えたつもり”を解体せよ——“聞く側”の感情とコンテキストが握る伝達の鍵

言葉は届いた。でも真意は届いてない——伝え方の工夫だけでは足りない

ミーティングの“空気”が、妙な感じで冷たくなった。
私は、方針や施策の意図などを、言葉を尽くして丁寧に、そしてエモーショナルに伝えたつもりだった。
「これなら、きっと伝わるはずだ」——そう信じいた。

ところが、返ってきた反応は、まるで別の話をしていたかのような温度差。
「えっ?そんな反応なの?」と、思わず心の中でつぶやいた。
あとから個別に話してみても、『伝えたことが伝わっていない…』という手ごたえのなさばかりが残る。

ここ数週間、そんな違和感が何度も続いている。
私は、5を話して10を察してもらうようなコミュニケーションスタイルを極力減らし、伝えるタイミングやコンテキストにも配慮している。
それでも、伝わらない。

こんな時、過去の私ならば、相手の「受け取る力」が足りないのだと評価を下げ、あきらめ、自分の伝達方法の改善や、伝えるタイミングやコンテキストへの配慮に終始していただろう。
今の私は以前に比べて、「何事も必ず原因は自分にあるのでは?」と自分を客観視する力が増していて、仮説思考で原因に思うを巡らせ・・・私は気づいた。
伝わらない原因は、“相手”の“コンテキスト”と“感情”にあるのだと。

伝達は「言葉」だけでは完結しない

人は、言葉をそのまま受け取っているようで、実はそうではない。
言葉は、相手の「今の状態」や「過去の経験」「価値観」「感情」によって、まったく違う意味に変換されてしまう。

実例:あるミーティングでのすれ違い

私はある日、一新した、とあるExcelの管理表のリリースについて説明した。
「このExcelの管理表は、これまで複数の帳票に手で記入していたものを全廃して、この表で一括管理するものです。不要な入力項目も廃止して、必要な情報だけを抽出しています。皆さんの事務作業が大幅に削減される上に、プロジェクトの進捗も一目で把握出来ます!」と、熱量を込めて語った。
しかし、社員の皆さんからの反応は冷ややかだった。
私は喜んでもらえるかと思って伝えただけに、反応のギャップに愕然とした。
今この記事をしたためながらその時のことを振り返ると“伝えた”はずの言葉が、まったく違う意味で“受け取られて”いたのだと理解できる。
これまで短期間でITツールの活用促進やペーパーレス、管理方法の改善などを急ピッチで進めてきた。社員の皆さんはそれらに懸命に追随してくれているが、繁忙な中でそれらに応じるために理解をしたり覚えたりすることは決して容易ではなかったと思う。そのようなコンテキストの中での今回の刷新は、一度にそれらの負担が一気に押し寄せることにほかならず、流石にうんざりだったのだと思う。
「これで楽になるぞ!」ではなく「また苦痛が増える…」と受け止められていたのだ。

感情がフィルターになる

感情は、情報の受け取り方に大きな影響を与える。
落ち込んでいるとき、不安なとき、怒っているとき——人は、同じ言葉でもネガティブに受け取りがちになる。

前回のブログ記事で記した通り、「人は、自分の感情を事実だと思い込む。」
つまり、感情が強く働いているとき、人は言葉の“意味”ではなく、“感情に合った解釈”をしてしまう。
「もっとこうした方がいいよ」と言われたとき。
前向きな状態なら「改善のヒントだ」と受け取れるが、疲れていたり自信を失っているときは「否定された」と感じてしまう。
このように、感情は“フィルター”として働き、言葉の意味を歪める。
だから、どれだけ丁寧に伝えても、相手の感情が整っていなければ、正しく伝わらない。

コンテキストが“意味”を変える

同じ言葉でも、置かれた文脈によって意味が変わる。
それは、言葉を発信するコンテキストは言うまでもない。
たとえば、「挑戦しよう」という言葉。
それが「失敗を許容する文化」の中で発せられれば、希望になる。
しかし、「失敗が許されない空気」の中で発せられれば、プレッシャーになる。
が、それとは別に、言葉を受け取る人のコンテキストの影響が大きいことを今は痛感している。
解り易い例でいえば、失敗が続いている人と成功が続いている人とで受け取り方が変わってくることは想像に難くないだろう。
つまり、言葉の意味は、“受け取る相手”のコンテキストによっても決まる。
そして、そのコンテキストは、相手の過去の経験や、置かれている環境、心理状態などによって構成されている。

これは今の私にとって弱点でもある。30年も在籍した前職の頃を思い返すと、話す相手とも長い時間一緒に就業生活をし、一緒に様々な経験をし、またその中で当人の特性なども一定程度は把握している。また組織風土も知り尽くしていた。
「会社が変われば国が変わるほど文化が違う」中、私は会社どころか業界も違う。社員の皆さんと出会って約1年。彼らの過去の経験や特性は全てを知る訳ではない。
それを考えると、社員の皆さんのコンテキストに合った伝え方が出来ているか、かなり精度は低いかもしれず、反応が想定外であることも頷ける。

あなたにも、こんな経験はありませんか?

・丁寧に説明したのに、まったく違う反応が返ってきたことはありませんか?

・「そんなつもりじゃなかったのに」と思ったことはありませんか?

・相手の反応に、がっかりしたことは?

それは、あなたの伝え方の良し悪しではなく、相手の感情とコンテキストが、言葉の意味を変えてしまったのかもしれない。

伝える前に“受け取る準備”を整える

では、どうすれば伝わるのか?
エモーショナルに自己満足に浸って伝える前に、相手の“受け取る準備”を整えることではないかと思っている。

実践ステップ:

1. 感情状態を観察する
表情、声のトーン、姿勢から、今の心理状態を読み取る。
2. コンテキストに思いを巡らせる
相手が置かれている状況、知り得る範囲の過去の経験など、特に話す話題への感応度に配慮する。
3. 感情の余白をつくる
雑談や共感から入り、心の緊張をほぐしてから本題に入る。
4. 伝えた後に“確認”する
「どう受け取った?」「どんな印象を持った?」と聞いてみる。
5. アフターフォローをする
相手の受け取り方に応じてケアする。

伝えるとは、相手の“世界”に入ること

伝えるとは、ただ言葉を届けることではない。
相手の世界に入り、そこに響く言葉とこちら側のコンテキストを選ぶことである。
そのためには、相手の立場に立ち、感情に寄り添い、相手のコンテキストを理解する努力が必要だ。
それは、時間もエネルギーもかかる。そもそも人間関係の構築が必要で、親しさにも比例すると言わざるを得ない。
しかし、それを怠れば、どれだけ言葉を尽くしても、伝わらない。

おわりに:伝わらないときこそ、問い直す

「伝えたのに伝わらない」
そんなとき、私たちはつい「伝え方が悪かった」と自分を責めたり、「相手の理解力が足りない」と評価を下げたりしてしまう。
でも、そこにあるのは、感情とコンテキストのズレかもしれない。

だからこそ、伝わらないときこそ、問い直してみよう。

・相手はどんな感情状態だったか?

・どんな過去の経験が影響しているか?

・どんなコンテキストでその言葉が届いたか?


その問いが、次の一歩を照らしてくれる。
感情とコンテキストのズレを補正するコミュニケーションそのものが親密度を高めてくれる。
そして、伝えることが「押しつけ」ではなく、「共鳴」になる瞬間が、きっと訪れると信じたい。

言葉は、準備された心にしか届かない。伝える前に、相手の世界に触れ、受け取ってもらう余白をつくる——それが、伝わるコミュニケーションの奥義。

筆者紹介:風を読む人事家
自動車業界で、人事etc.~海外子会社CEO~人事担当役員などを経て当社へ。社員の幸福感と、業績と経営へのインパクトとの両立に拘って、あらゆる人事・組織の理論と実践を行き来しながら、組織という名の“生き物”と格闘してきた。フィールドを建設業界に移し、今日も人と組織の“幸福感”を追求中。
週末のライフワークである人事・組織理論の読書の傍らで徒然なるままに書き溜めたブログです。
建設業のリアルな現場でも実践し得られたことの共有や、人事・組織論の視点から、世の中の矛盾や不条理を鋭く、時に皮肉を交えて切り取ります。
業種を問わずさまざまな企業の中で「なんとなくモヤモヤしている」「組織の中で立ち止まっている」そんなあなたの思考に一石を投じるヒントがここにあるかもしれません。
2025年7月より当社代表取締役社長