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#025『モヤモヤする』『わからない』と語れる職場は強い——ネガティブ・ケイパビリティが変える組織の力

あなたの職場に、“わからない”を語れる空気はありますか?

モヤモヤの共有が功を奏した瞬間

モヤモヤは、組織の可能性だ。
あるプロジェクトで、私たちは「モヤモヤ」を抱えていた。情報が足りず、確信が持てない。けれど、私はそのモヤモヤを排除せず、むしろ組織で共有することを選んだ。
「わからない」と言うことは、弱さではない。むしろ、それが対話の起点となった。誰かが「こうかもしれない」と事実情報の収集を始め、別の誰かが「それならこういう情報が必要だ」と要人と会う。そうして、乏しかった情報は30%になり、50%になり、やがて70%にまで達した。
完全な答えは出なかった。けれど、決断の期限が来たとき、私たちは集めた70%の情報をもとに徹底的に議論し、残り30%は総意の推測で補い、価値観の合意をもって決断を下した。
その過程で、何度も対話を重ねた。全員が「自分の考えは正しい」と譲らなかった集団が、「誰かの正解は誰かの不正解」「ものごとは角度を変えると見え方が変わる」ことに気づく集団に変わっていった。
情報が集まるたびに再対話し、明快な答えは出なくても、価値観のコンセンサスが育まれていった。最後まで晴れないモヤモヤもあったが、それをどう捉えるかの視点は揃っていた。
全員で情報を集め、全員が持つ引き出しを開き、対話を重ねた結果、精度の高い結論にたどり着いた。そしてその瞬間、全員がそのプロジェクトに「勝てる」「負けても悔いはない」と感じた。
吉報が届いた時、全員の気持ちは飛び跳ねていた。実際は照れ隠しの小さなガッツポーズだったが。
だが、私の喜びのポイントは全員とは違っていた。
結論を急がず、全員が納得し得る答えが出るまで結論を先送りしたことで、チームの勝利のために個々人が自走し、チームが結束し、社として大きなプロジェクトを任されるに至ったプロセスがうれしかった。
長年に渡り創業オーナーの強力なリーダーシップで経営されてきた当社は、指示待ちの社員、目的度外視で決められた仕事を消化する社員、さすがプロと言えるが自分の登りたい山だけ登る社員——そんな三者で多くが占められていた。
だからこそ私は、答えが何通りもあることには、自論や指示を示さず、「最適解を導くためには情報が足りない」「納得できるまで結論を出さない」という姿勢を続けた。リーダー自ら「わかりません」と吐露したら、チームメンバーが筋の良い情報収集と、自らが持つ有効な引き出しから知見を繰り広げてくれたのだ。
それだけが理由ではないが、前述の社員の傾向は、今社内を見回しても思い当たる人はいない。それぞれが、それぞれの責任において、「モヤモヤ」「わからない」を内包してくれていることがわかる。それは、社長に即答えを授けられてきた人たちにとってはさぞかし負担だと思う。でも、自分で考え、答え探しに自走し、適時・的確に報連相してくれる仕事の仕方に挑戦してくれている姿には感謝しかない。

「わからない」を許せない社会

昭和や平成の時代、社会の価値観は画一的だった。高度経済成長期やバブル期、そしてその後の失われた時代——社会の目標は明確で、「普通」に収束することが美徳とされた。
世の中は不便で苦痛なことだらけだった。いまさら、戦後の三種の神器(テレビ・冷蔵庫・洗濯機)が無かった時代を語る気はないが、昭和後半生まれの私でも、子供の頃と今とでは便利で楽になったことだらけだ。その時代、世の中の課題は明確で、スピーディーに解決することが求められた。熟考や保留は“逃げ”とみなされ、「すぐに答えを出す」「すぐに解決する」ことが評価され、仕事は効率を重視された。ロジカルシンキングがもてはやされ、MECEに原因を並べ、フレームワークで問題を切り分け、スマートに解決することが“できる人”の証だった。
その潮目が変わったのは、スマホが世に登場したあたりからだろうか。当時スマホなど無くても困らないものだった。無くても困らないものが、無くては困るものになる、課題ではないものが価値を持つ時代になった。そして今、価値観は多様化し、正解は人それぞれになった。誰かの正解が、誰かの不正解になる時代。ロジックだけでは届かない“感情”や“背景”が、答えを複雑にする時代に変わっている。
それでも、社会は「すぐに答えを求める」風潮から抜け出せない。ビジネスの現場では、スピード・効率が命とされ、「正解主義」「即レス文化」「効率至上主義」が息苦しさを生んでいる。
「わからない」と言えない職場の空気——それが、私たちの思考を狭め、関係性を浅くしているのかもしれない。

ネガティブ・ケイパビリティとは何か

「ネガティブ・ケイパビリティ」という言葉は、詩人ジョン・キーツが残した概念だ。彼は「不確かさや曖昧さに耐える力」をそう呼んだ。
それは、すぐに答えを求めず、わからないままにしておく力。不安や混乱の中にとどまり、問いを抱え続ける力だ。
現代の組織やリーダーにこそ、この力が必要だと思う。なぜなら、今の時代は「正解」がないことが多いから。複雑で、感情が絡み、背景が多様な問いに向き合うには、ネガティブ・ケイパビリティが不可欠だ。
それは、答えを出す力ではなく、問いと共に生きる力。組織の中で、リーダーが「わからない」と言えることが、メンバーの安心につながる。対話が生まれ、関係性が深まり、組織の温度が上がっていく。

“答えの出ない問い”と向き合うリーダーシップ

「なぜあの人の態度はああなのか?」
「なぜあの人は変わらないのか?」
そんな問いに、明確な答えはない。けれど、問いを抱え続けることで、見えてくるものがある。その人の背景、価値観、感情の揺らぎ——。
私は最近、「わからない」「助けて」と言える勇気が、組織にとっての希望だと思うようになった。リーダーが「わからない」と素直に言えて、問いを共有することが、信頼を育てることを知った。
問いを抱え続けることは、逃げではない。むしろ、それは向き合い続ける姿勢だ。リーダーに必要なのは、答えを持つことではなく、問いと共に歩む覚悟なのかもしれない。

モヤモヤを抱える力が、組織を育てる

モヤモヤを排除しようとすると、対話は止まる。けれど、モヤモヤを共に抱えることで、対話が始まる。
「わからないね」「難しいね」——そんな言葉が交わされる職場は、温かい。放っておけず助け合う。それは、私が理想とする“家族のような組織”の始まりかもしれない。
ネガティブ・ケイパビリティは、組織の“体温”を上げる力だ。効率や成果だけでは測れない、人と人との関係性の深さを育てる。
モヤモヤを語れる空気がある職場は、信頼が育つ。その空気が、組織の未来をつくる。

問いと共に歩む

「わからないことを、わからないままにしておく」
それは、逃げではなく、向き合い続ける勇気だと思う。

問いは、私たちを深くする。
問いは、関係性を育てる。
問いは、組織を温かくする。

答えが出ないのに、角度を変えては解を探し、一歩一歩最適解に近づける。最適解を得たと思ったのに、何かがきっかけでそうではなかったと気付いたり。
私の中で「問い」は、もはや心の中で繰り広げられるエンターテイメントだとすら思っている。

あなたが今、抱えている“わからなさ”は何ですか?
その問いと、少しだけ長く一緒にいてみませんか?

筆者紹介:風を読む人事家
自動車業界で、人事etc.~海外子会社CEO~人事担当役員などを経て当社へ。社員の幸福感と、業績と経営へのインパクトとの両立に拘って、あらゆる人事・組織の理論と実践を行き来しながら、組織という名の“生き物”と格闘してきた。フィールドを建設業界に移し、今日も人と組織の“幸福感”を追求中。
週末のライフワークである人事・組織理論の読書の傍らで徒然なるままに書き溜めたブログです。
建設業のリアルな現場でも実践し得られたことの共有や、人事・組織論の視点から、世の中の矛盾や不条理を鋭く、時に皮肉を交えて切り取ります。
業種を問わずさまざまな企業の中で「なんとなくモヤモヤしている」「組織の中で立ち止まっている」そんなあなたの思考に一石を投じるヒントがここにあるかもしれません。
2025年7月より当社代表取締役社長