社長ブログ/お役立ち情報
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#061 ただコップに水が半分入っているだけ——“ポジティブ”な“意味づけ”疲れから解放される思考法
本稿は先週末に書き上げた。その後、第二の故郷である熊本で大地震が発生した。爆発したイオンは僕の大切な人たちにとってかなりニアな生活圏で、報道を目にして血の気が引いた。安否が気掛かりで連絡をした。幸い、無事を確認することができた。10年前の大地震の時と違って、その返事の大半が、まさに本稿で記した心境であることを感じ取った。そのことを文末に追記した。多くの支援に繋がることを願う。
正直に告白する。
僕はこれまで、「意味づけ」に何度も救われてきた。
人は出来事そのものに苦しむだけではない。
その出来事をどう捉え、どんな意味を与えるかによって、人生は大きく変わる。
「あの失敗があったから今の自分がある」
「あの挫折は必要な時間だった」
そんなふうに過去を語り直せたことで、前を向くことができた。
だから僕は今でも、意味づけの力を信じている。
しかし経営をしていると、ときどきそんな考え方さえ通用しないほど苦しい時がある。
出口の見えない経営課題。
組織の問題。
人間関係の問題。
経営者としての孤独。
良かれと思って打った手が裏目に出ることもある。
眠れない夜もある。
そんなとき僕は、習慣のようにポジティブな意味づけを試みる。
「きっと成長のために必要な試練なのだ」
「この経験にも意味がある」
「後から振り返れば財産になる」
もちろん、それは間違いではない。
きっと本当にそうなのだろう。
しかし不思議なことに、心は一向に楽にならない。
むしろ疲弊していく。
なぜなら、自分のどこかで気づいているからだ。
今の自分は“意味を後付け”し、心が楽になる意味が見つかるまで上書きし続けていることを。
そして、ただ、ただ苦しいのだ、と。
僕は「意味づけ」をやめた
ある時から僕は別の考え方を試すようになった。
意味づけをやめる。
良いことでも悪いことでもない。
ただ事実を見る。
売上が落ちた。
問題が起きた。
この人はこういう理由で憤っている。
今、不安を感じている。
ただそれだけを見る。
そして、
「今ココで自分にできることは何か」
だけを考える。
すると不思議なことが起きた。
心が少し軽くなった。
そして皮肉なことに、意味を探していた時よりも、目の前の課題に集中できるようになった。
コップの水は、ただ半分入っているだけ
「コップの水」の話で例えたらわかりやすいだろう。
コップに水が半分入っている。
「まだ半分も入っている」
これがポジティブ思考。
「もう半分しか入っていない」
これがネガティブ思考。
では事実は何か。
ただ、
コップに水が半分入っている。
私たちの脳は、その事実に意味を付与する。
それだけである。
そしてその意味づけが、時に私たちを救う。
しかし同時に、その意味づけが私たちを疲れさせることもある。
例えば電車に乗り遅れた。
その時、
「これにも意味がある」
「新しい出会いのためだ」
「神様からのメッセージかもしれない」
そんなふうに考えることがある。
もちろんそれで元気になるならいい。
しかし僕は最近こう思う。
電車に乗り遅れたなら、
まずは
『電車に乗り遅れた』
という事実だけでよいのではないか。
次の電車を調べる。
相手に連絡する。
できることをやる。
以上終わり、で十分なのではないか、と。
スティーブ・ジョブズが禅に惹かれた理由
実は、この境地に立った時、あることを思い出した。
Apple創業者のスティーブ・ジョブズは若い頃から禅に深く傾倒し、生涯を通じて瞑想を続けたことで知られている。彼は禅僧・乙川弘文に師事し、その影響は人生観だけでなくAppleの製品思想にまで及んだと言われている。
興味深いのは、ジョブズが禅に求めたものだ。
多くの人は瞑想というと、「心を落ち着かせるもの」を想像するかもしれない。しかしジョブズが惹かれたのは、もっと本質的な部分だった。
彼は禅の名著『禅マインド ビギナーズ・マインド(Zen Mind, Beginner’s Mind)』を生涯読み返したと言われている。その中心にある考え方は、「先入観を捨てて、物事を新鮮な目で見る」というものだ。
私たちは普段、現実を見ているようでいて、実は現実を見ていない。
過去の経験。
思い込み。
恐れ。
期待。
そうしたものを通して世界を見ている。
禅では、それらをいったん脇に置く。
そして、ただ今ココにある現実を見る。
ジョブズは瞑想を続けることで、頭の中を埋め尽くしていた雑音が静かになり、物事をより鮮明に見られるようになると語っている。そうすると直感が働き、本当に重要なものとそうでないものが自然と見分けられるようになるというのだ。
僕はこの話を思い出したとき、
「ああ、今の感覚と似てる・・・。もっと極められたら、もっと本質がクリアに見えるかも・・・」
と思った。
苦しい時、僕を苦しめていたのは事実そのものではなかった。
その事実に対して、
「なぜこんなことが起きたのか」
「この先どうなるのか」
「自分が間違っていたのではないか」
と解釈し続ける自分自身の思考だった。
だから僕は、ジョブズが禅に惹かれた理由が少しわかる気がする。
解釈を手放す。
意味づけを手放す。
そして、ただ事実を見る。
すると不思議なことに、心は軽くなり、本当に向き合うべき問題が見えてくるのである。
人は物語に救われる
誤解しないでほしい。
僕は意味づけを否定したいわけではない。
キャリアカウンセリングで人が自分の経験を語り直し、人生の意味を見出していくことの尊さを知っている。
人は物語によって救われる。
意味づけによって立ち上がる。
それもまた事実だ。
しかし同時に、
意味づけないことによって救われる瞬間もある。
ということを伝えたいのである。
「意味づけるモード」と「事実を見るモード」
これまで記してきた境地に立った時、
人生には二つのモードがある・・・という考え方がしっくりきている。
一つは「意味づけるモード」。
経験を振り返り、
学びを見出し、
物語を紡ぐモード。
もう一つは「事実を見るモード」。
良い悪いを判断せず、
意味も探さず、
ただ現実を見て、
今ココでできることをやるモード。
どちらが正しいわけでもない。
大切なのは使い分けることだ。
苦しい時ほど、事実に戻る
苦しい時ほど、人は意味を求めたくなる。
しかし本当に苦しい時には、意味を探すことさえ負担になることがある。
そんな時は無理に前向きにならなくていい。
無理に学びを見つけなくていい。
無理に感謝しなくてもいい。
ただ事実を見る。
今の自分を見る。
そして今日できることを一つやる。
それだけでいい。
コップに水が半分入っている。
それを、
「まだ半分もある」
と思う日があってもいい。
「もう半分しかない」
と感じる日があってもいい。
ただ、ときには静かにこう見つめてもいい。
コップに水が半分入っている。ただ、それだけ。
そして僕は、その事実の上に立って歩き出す心の力を持ち合わせたいと強く思っている。
【追記】熊本地震を受けて
第二の故郷である熊本で再び大地震が発生した。
前職で熊本工場に勤務。宇土市に住み宇城市に通った。家族を帯同し、子供たちは幼稚園から小学校低学年をかの地で過ごした。
日本や日本人の素晴らしい本質を残す土地で、本当にあたたかい人ばかりだった。それをあらわすエピソードは数知れないが、選りすぐりひとつを記す。
熊本を去る日、アパートのドアを開けたら、二人の子供たちそれぞれの同級生が数十名づつと、そのお母さん方(妻の友人となってくださった方々)が道に溢れていた。家の前の公園で別れを惜しみながらしばし遊んだ。一人一人とお別れをし、泣き崩れる小1の二男を小3の長男が泣きながら支える姿、熊本空港に向かうタクシーが見えなくなるまで見送ってくださったみなさんの姿を思い出すと今でも涙が溢れてくる。
数年後の夏休みに、家族で熊本に遊びに行ったら、宇土小学校の体育館に息子たち二人の学年が勢ぞろいして出迎えてくれた。在学中は校舎と体育館の建て替え中だったからと、先生方の温かいお取りお計らいだった。体育館せましと大勢で息子達を囲んで遊んでくれた姿、その傍らでお母さん方に囲まれる妻の姿も鮮明に覚えている。
熊本とは、そういう場所なのだ。
2016年の熊本大地震の際は、浜松市の本社で熊本工場の復旧支援の指揮を執った。被災された愛する多くの熊本の方々とやり取りをした。
2026年、10年前を上回る規模の熊本大地震が今週発生した。爆発したイオンは僕の大切な人たちにとってかなりニアな生活圏で、報道を目にして血の気が引いた。安否が気掛かりで連絡をした。みなさんと連絡が取れ、心から安堵した。
しかし、その返事の大半が、10年前とは何かが違う。
みなさんが、まさに本稿で記した心境であることを感じ取ってしまった。
「目の前の出来ることをやるだけだよ。」
そんな返事が本当に多かった。それはけっして2度目の被災による慣れではない。余震みたいなもんだという楽観でもない。
10年前に大きな苦しみと悲しみを乗り越えられ、再びそれを目の前にされた境地なのだと感じた。
10年前は「なぜ私たちが…」そんな気持ちが伝わってきた。だから今回は「なぜ熊本ばかりまた…」という気持ちが吐露されることを想像していた。
しかし実際はそれよりも、もっと重く深い心境を感じるものだった。
がんばろう熊本。
僕も出来得る支援を尽くそうと思う。世界中からの多くの支援が集まることを願ってやまない。
令和8年熊本地震 募金・寄付受付先一覧
https://kumamon.web.fc2.com/kumamoto-earthquake-donation.html
◇ 令和8年熊本地震 生活情報板「イマココナビ」のご紹介 ◇
今回の熊本地震において、被災された方ご自身が避難所で立ち上げた生活情報共有サイト「イマココナビ」が、多くの方々に活用されています。
「どこで水が手に入る?」「どこで給油できる?」「どこで炊き出ししている?」といった、営業中の店舗、給水所、支援物資、入浴支援など、被災地で今本当に必要な命綱となる情報を地域の皆さまが投稿・共有できる仕組みです。
物資を届けること、瓦礫を片付けること以外にも、不安を安心に変える仕組みを支えることも大切な支援だと気づかされます。
発災直後に避難所から生まれ、多くの方に利用される生活情報インフラへと成長しています。もしご共感いただけましたら、クラウドファンディングへのご支援、もしくはこの情報の拡散での運営継続ご支援をお願いいたします。
(イマココナビ)
https://imacoco-navi.netlify.app
(クラウドファンディングURL)
https://camp-fire.jp/projects/972486/view
筆者紹介:風を読む人事家
自動車業界で、人事etc.~海外子会社CEO~人事担当役員を経て当社へ。
人事・組織論の長年の実践知を、建設業のリアルな現場に注入し、組織と人の可能性を探究している。
一貫して向き合ってきたテーマは、
「社員の幸福感」と「経営へのインパクト」とを両立すること。
その問いに真正面から挑戦し続けている。
本ブログは開始当初から一貫して、毎週末に書き、毎週末に届けている。
激動の経営の中で見失いそうになる“自分”を、週末にそっと拾い直すための思索の記録でもある。
現場のリアルと人文知が交差する中で、
世の組織の中に潜む矛盾や不条理を鋭く、時に皮肉を交えて言葉にする。
もしあなたが、
「このままでいいのだろうか」と、ふと立ち止まったことがあるなら。
その言葉にしきれない違和感や揺らぎに、名前を与えるヒントが、ここにあるかもしれない。
2025年7月より当社代表取締役社長
