社長ブログ/お役立ち情報
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#067 「当たり前」は誰が決めた?――「社会構成主義」という世界の見方(「表象」続編 )
同じ景色を見ているのに
前回、「表象」というテーマの記事を書いた。
我が社「丸友開発」を例にした。
人の数だけ違う当社が存在する。
顧客や取引先の頭の中の当社。 知って間も無い人、よく知っている人。部下の頭の中の当社。
そのどれもが完全な当社ではない。
そんなことを書きながら、ふと別の問いが湧いてきた。
そもそも、私たちが「現実」だと思っているものは、本当に現実なのだろうか。
人によって違う「正しい」
立場の異なる多くの人と話していると不思議なことに気づく。
同じ事実を見ているはずなのに、受け取り方が全く違うのである。
ある人はチャンスと言う。
ある人は危険と言う。
ある人は前向きだと言う。
ある人は無謀だと言う。
どちらかが嘘をついているわけではない。
それぞれが本当にそう見えている。
そして時々、人は事実そのものではなく、自分が見ている世界の正しさを主張しているように思える。
「社会構成主義」という考え方
そんなときに出会ったのが、「社会構成主義」という考え方だった。
難しい言葉だが、僕なりに理解するとこうなる。
現実は、人と人とのあいだで作られる。
私たちが当然だと思っていることの多くは、誰かが決めた絶対的な真実ではなく、多くの人が「そうだよね」と共有した結果、生まれたものだという考え方である。
つまり、
真実だと思っているものは、実はコミュニティのコンセンサスかもしれない。
という話である。
留年は「失敗」なのか
例えば、単位不足で留年した学生がいたとする。
落ち込み、人生が終わったように感じる人もいる。
一方で、
「一年遠回りしただけ」
と考える人もいる。
同じ留年という出来事なのに、受け取り方は真逆になる。
ここで注目したいのは、
人を苦しめているのは留年そのものなのか。
という問いである。
もし留年という事実そのものが苦しみなら、全員が同じように苦しむ。
しかし実際にはそうではない。
留年は悪いこと。
留年は失敗。
留年は恥ずかしい。
そうした価値観があるから苦しくなる。
逆に、
留年は人生の寄り道。
留年は豊かな経験が出来る時間。
そう考えられたら見える景色は変わる。
苦しみを作っているのは、事実そのものではなく、その事実に与えた意味なのかもしれない。
「常識」はどこから来るのか
考えてみると、
成功
出世
勝ち組・負け組
普通
常識
幸せ
どれも手で触れることはできない。
それなのに私たちは、それらをあたかも自然界の法則のように扱う。
でも本当は違う。
時代によって変わる。
国によって変わる。
文化によって変わる。
つまり、それらは人々の合意によって成立している。
社会構成主義とは、そういうことなのだ。
人は事実で争っているのではない
最近よく思う。
人は事実で争っているようでいて、実は価値観で争っている。
だから話が噛み合わなくなる。
そしてお互いが、
「自分こそが正しい現実を見ている」
と思い込む。
けれど相手から見れば、相手にもまた現実がある。
だから本当に必要なのは説得ではなく対話なのだと思う。
「どうしてそう考えるのですか」
という問いから始まる対話である。
相手が今どう思っているか、
相手にとっての現実を知る。
僕の場合、相手が今そう思っているということは、その人にとっては紛れもない現実なのだと思う。だからまずは、「そう思っているんですね」と受容するようにしている。正しいか間違っているかを急いで決める前に、その人が見ている世界を知ろうとする。
それが新しい現実を共につくる第一歩はそこにあると思うようにしている。
「当たり前」から自由になる
「表象」の記事を書いてから見えてきたことがある。
人の数だけ「現実」も存在するということだ。
もしそうなら、
自分を苦しめている「当たり前」も、 絶対の真実ではないかもしれない。
そんなことは当たり前だ。
普通はこうだ。
みんなそう考えている。
その声は、本当に普遍的な真実なのだろうか。
それとも、どこかのコミュニティの中で生まれたコンセンサスなのだろうか。
僕たちは現実を生きている。
そう思っている。
けれど実際には、人と人とのあいだで作られた現実の中を生きているのかもしれない。
だからこそ。
対話には価値がある。
違う価値観に出会うことにも価値がある。
そして時には、自分が信じていた「当たり前」を疑ってみることにも価値がある。
その先に、今までとは少し違う現実が見えてくることがあるのだから。
筆者紹介:風を読む人事家
自動車業界で、人事etc.~海外子会社CEO~人事担当役員を経て当社へ。
人事・組織論の長年の実践知を、建設業のリアルな現場に注入し、組織と人の可能性を探究している。
一貫して向き合ってきたテーマは、
「社員の幸福感」と「経営へのインパクト」とを両立すること。
その問いに真正面から挑戦し続けている。
本ブログは開始当初から一貫して、毎週末に書き、毎週末に届けている。
激動の経営の中で見失いそうになる“自分”を、週末にそっと拾い直すための思索の記録でもある。
現場のリアルと人文知が交差する中で、
世の組織の中に潜む矛盾や不条理を鋭く、時に皮肉を交えて言葉にする。
もしあなたが、
「このままでいいのだろうか」と、ふと立ち止まったことがあるなら。
その言葉にしきれない違和感や揺らぎに、名前を与えるヒントが、ここにあるかもしれない。
2025年7月より当社代表取締役社長
