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#063 人は感情が“1段上がる”瞬間に動き出す――“職場の重たさ”の正体

人事以外のビジネスパーソンでも、マズローの欲求5段階説や、ハーズバーグの二要因理論(動機付け要因/衛生要因)は聞いたことがあるのではないだろうか。人事施策を効果効率的に転換する上で基軸となる二大地図だと僕は思っている。

僕は前述の2つに加えて、エイブラハムの「感情の22段階」という考え方を3つ目の地図として持っている。
これは前職で、例えば新人事制度の全社説明会で全事業所を行脚した時に、社員のみなさんの反応などから体得したものでもある。

「感情には22段階があり、段階が上に動いた瞬間、人は“感動”する」という話で、米国の自己啓発書『引き寄せの法則』で広まった、心の現在地を確かめるための、いわば“感情の地図”として語られる整理法だ。

本稿は、経営や人事の視点で「社員の感情」を見つめ 筆を進めるが、例えば営業では「顧客の感情」に置き換えて読み進めてもらえたら、『顧客が“感動”して購買行動に移る』ための参考になると思う。

人事は「制度」で人を動かしている…と思っていた

人事の仕事は、制度をつくることだ。
採用を整え、評価を整え、育成を整え、配置を整える。——そうやって組織の骨格を整える。

もちろん、それは間違っていない。

だが現場にいると、ときどき説明のつかない現象が起きる。

・ 施策としては筋が通っているのに、反応が薄い
・ 正論で説明しているのに、納得されない
・ 条件は改善しているのに、空気が重いまま

その理由を「抵抗勢力」や「理解不足」で片付けてしまうと、人事はどんどん孤独になる。
僕は、そこに別の見取り図が必要だと感じてきた。

出会ったのが、「感情の段階」という見方だった。

「欲求」ではなく「感情が動く」を見る

マズローは「人は何を求めるか」を整理した。
ハーズバーグは「何が満足を生み、何が不満を生むか」を分けた。

どちらも、人の行動の“理由”を説明する強力な理論だ。

一方で、エイブラハムの「感情の22段階」は、問いの立て方が違う。
それは——

人は、感情がどちらへ動いたかで、世界の価値を決めている

という視点だ。

「感動」とは、すごい出来事のことではない。
感情が“下から上へ”動くことを感動と捉える。
そして人は、その感動(感情の上昇)に価値を感じ、対価を払うことがある。

これが、人事の目線で見ると、とても厄介で、とても希望がある。

なぜなら——
人事が提供しているのは「制度」だが、社員が受け取っているのは「感情」だからだ。

図解で理解する|エイブラハムの「感情の22段階」

ここで一度、その理論を最短で整理する。

エイブラハムの考え方では、人の感情には22の段階(ステージ)があるとされる。
上のほうに「喜び・情熱・希望」などのポジティブな感情、下に行くほど「失望・不安・恐怖」などのネガティブな感情が並ぶ。
そして重要なのは、感情が下から上へ動いたとき、人は感動を覚えるという点だ。

感情の段階

※本来は22段階を厳密に列挙するが、ここでは理解しやすいように「上・中・下」の地形として“見取り図化”する。
(要点は番号ではなく、いまどの高さにいるか/どちらへ動いたかである)

[高い感情]
──────────────────
22 喜び・愛・感謝・自由
21 情熱
20 幸福・熱中
19 期待・信念
18 楽観
17 希望
16 満足
──────────────────
15 退屈・惰性
14 悲観
13 いらだち・葛藤
12 圧倒される
──────────────────
11 失望
10 疑い
9 心配
8 非難
7 落胆
6 怒り
5 嫉妬
4 不安・罪悪感
3 恐怖
2 絶望
1 無力感
──────────────────
[低い感情]

そして、この図が人事に突きつける問いは、シンプルだ。

いま職場の感情は、どの高さにある?
施策は、上に動かしている? それとも下に落としている?

感情が動くとき、人は「会社を信じられる」

ここで誤解してほしくない。
「感情が大事」と言うと、すぐに“ご機嫌取り”の話にされてしまう。

そうではない。

僕が言いたいのは、もっと事務的で、もっと現実的な話だ。

人は、感情が下にあるとき、情報を「脅威」として読む。
同じ言葉でも、同じ制度でも、同じ説明でも、受け取り方が変わる。

逆に、感情が一段上がると、同じ情報が「可能性」に見える。

つまり、人事が何かを変えたいとき、
最初に動かすべきものは「制度」ではなく、受け取る側の感情の高さなのかもしれない。

人事施策の価値は「中身」より、感情の“上昇幅”で決まる

ここが、この理論の一番痛いところだ。

制度設計を頑張るほど、正しさを磨くほど、説明を整えるほど、
人事は「中身で勝負したい」と思う。

だが社員は、必ずしも中身で受け取らない。
社員が見ているのは、「それで自分の感情がどう動くか」だ。

・ 不安 → 安心になったか
・ 疑い → まあ信じてみるに変わったか
・ 落胆 → もう少しやってみるが生まれたか

この“上昇”が起きたとき、人は「会社はちゃんとしている」と感じる。
信頼とは、論理の積み上げというより、感情が上がった経験の記憶でできている。

人事の価値は、制度の完成度だけでは測れない。
感情の上昇幅でも測られる。

たとえば「評価制度」を説明するとき、何が起きているか

評価制度の説明会を思い出してほしい。

人事はこう言う。

・ 公平性の担保
・ 透明性の向上
・ 成果と行動の両面評価
・ フィードバックの質の改善

すべて正しい。
だが会場の端で、こんな感情が生まれていることがある。

・ 「結局、上司次第だろう」
・ 「言い方だけ変えて、実態は変わらない」
・ 「また面倒が増える」

ここで起きているのは、理解不足ではない。
感情の位置が“下”にあるままなのだ。

この状態でどれだけ正しく説明しても、上には動きにくい。
むしろ「正しさ」が圧になり、さらに下がることすらある。

だから順番を変える必要がある。

制度を説明する前に、感情を一段上げる。

・ まず不安を言語化する
・ 疑いを否定しない
・ 「ここが変わる」「ここは変えられない」を先に出す
・ 小さな改善の証拠を見せる

制度の話は、そのあとでいい。

「感情を上げる」って、結局なにをすればいいのか

ここからは、今日から使える話に落とす。

感情を上げるとは、ポジティブにさせることではない。
もっと小さくていい。

「一段だけ上に動く」でいい。

たとえば下の階層にいる人に、「喜び」まで飛べと言っても無理だ。
だが——

・ 恐怖 → 不安
・ 不安 → 心配(輪郭が見える)
・ 心配 → 疑い(言葉にできる)
・ 疑い → 失望(期待していた証拠)
・ 失望 → 葛藤(まだ諦めきれていない)
・ 葛藤 → 満足(条件が整う)

こうやって一段だけ上げる。
「苦労して適切な制度を作った」ことを黙示するのではなく、
上の(カッコ)に記したような心の変容がおこることを地道に行うだけだ。
場合によっては話を聞く側に回って受容してあげることかもしれない。
その積み重ねが、やがて人を動かす。

そしてこの話は、「感情が下から上へ動いたとき、人は感動する」という要点と接続する。
感動とは、派手な成功体験ではなく、一段上がった実感なのだ。

人事が扱うのは「人」ではなく、「人の明日」だ

僕は最近、こう思う。

人事の仕事は、人を変えることではない。
人を管理することでもない。

人が明日を選び直せる状態をつくることだ。

・ 明日もここで働く
・ 明日もこの人と話す
・ 明日も自分を投げ出さない

その選び直しができる状態は、
だいたい感情が“中”より上にあるときにしか生まれない。

逆に言えば、感情が“下”にあるとき、人は選べない。
守りに入り、疑い、攻撃し、壊す。
それが悪いのではない。そういう仕組みなのだ。

だから人事は、制度を磨くと同時に、
感情の地形を読む必要がある。

人は感情が一段上がると、動く。

マズローもハーズバーグも、今も強力だ。
だがそこに、もう一枚の地図を重ねると、現場が見えやすくなる。

・ 人の感情には段階がある(22段階という整理もある)
・ 上に行くほど前向きで、下ほど重くなる
・ そして感情が下から上へ動くとき、人は感動を覚える
・ 人はその感動(感情の上昇)に価値を感じることがある

ここまで分かると、人事の問いが変わる。

「この制度は正しいか?」ではない。
「この施策は、感情を一段上げているか?」だ。

今日あなたが向き合っている職場の空気は、
いま、どの高さにあるだろうか。

そして——
あなたの次の一手は、誰の感情を、どの段階から、どこへ動かすだろうか。

筆者紹介:風を読む人事家

自動車業界で、人事etc.~海外子会社CEO~人事担当役員を経て当社へ。
人事・組織論の長年の実践知を、建設業のリアルな現場に注入し、組織と人の可能性を探究している。
一貫して向き合ってきたテーマは、
「社員の幸福感」と「経営へのインパクト」とを両立すること。
その問いに真正面から挑戦し続けている。

本ブログは開始当初から一貫して、毎週末に書き、毎週末に届けている。
激動の経営の中で見失いそうになる“自分”を、週末にそっと拾い直すための思索の記録でもある。

現場のリアルと人文知が交差する中で、
世の組織の中に潜む矛盾や不条理を鋭く、時に皮肉を交えて言葉にする。
もしあなたが、
「このままでいいのだろうか」と、ふと立ち止まったことがあるなら。
その言葉にしきれない違和感や揺らぎに、名前を与えるヒントが、ここにあるかもしれない。

2025年7月より当社代表取締役社長