社長ブログ/お役立ち情報
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#064 会社を経営しているつもりが、人間を学んでいた――コンパッションとリフレクションが経営を変え始めた
会社経営は、こんなにも「人間」という存在を突きつけられる仕事だっただろうか。
解体業の現場は、僕にそれを毎日教えてくれる。
建設業界、解体業の丸友開発で事業を任され、社員やステークホルダーと向き合う日々。
いまさらながら、そこであらためて知ったことは、「人は、想う以上に違う」ということだった。
100人いれば、100通りの正義があり、
100通りの恐れがあり、
100通りの誇りがある。
この事実を「個性」とか「多様性」という聞こえの良い概念を頭で理解することと、
日々の意思決定の現場で引き受けることのあいだには、大きな隔たりがある。
わかりの良い世界で、僕は自分を縮めていた
かつて在籍していた大きな上場企業には「わかり合う前提」があった。
論理的で、整合的で、空気を読み、
感情や違和感は飲み込み、「こうあるべき自分」で過ごす。
それは悪いことではない。
むしろ、そうやって組織は秩序を保ち、成果を出してきた。
振り返れば、僕自身もまた、
「わかりの良い人間」であろうとしていたのだと思う。
間違えないこと。
摩擦を起こさないこと。
正解から外れないこと。
それは安全で、効率的で、
同時に、人間らしさとは一定距離を保つ生き方でもあった。
「本当は何を感じているのか」
「なぜざらっとした違和感が残るのか」
立ち止まって考える余白を、更に仕事を詰め込んで埋めていた。
今の世界のほうが、ずっと人間らしい
丸友開発の事業を背負うようになり、
目の前にいるのは、想いをきれいに整理できない“生身の人間”たちだ。
・うまく言語化できない感情をもどかしく思う人
・理屈よりも体感で動く人
・過去の呪縛に縛られている人
・誇りと不安を同時に抱えている人
そして、その中には、人間らしさを取り戻した自分自身も含まれている。
この世界は、決して楽ではない。
ビジネスの厳しさは半端ない。勝った負けたが、生きるか死ぬかと、リニアに連動するドライブ感は大企業にわかる由もない。
それでも、どこか心地いい。
なぜかと言えば、人間らしさが前提にある世界だからだ。
コンパッションとは何か ――「正しさ」の前に立ち止まる力
今の現場で、重要だと痛感している概念が、コンパッションである。
コンパッションとは、
他者(あるいは自分)が抱えている苦しみに気づき、
それを裁かず、減らそうとする姿勢のことだ。
現場で起きるトラブルや衝突の多くは、
能力の問題ではなく、誰かの苦しさが見えなくなった瞬間に起きている。
ここで重要なのは、
「甘やかす」ことでも
「正しさを放棄する」ことでもない。
苦しみや苛立ちを受容したうえで、
それでも前に進むために、どう関わるかを考える。
「いま、この人はどこで苦しんでいるのか?」と問うこと。
これは、とても人間的で、同時にとても高度な営みだ。
コンパッションは、
人を救うための理想論ではない。
現実を前に進めるための、極めて実務的な視点なのだ。
リフレクションとは何か ――経験を学びに変える装置
もう一つ、経営の質を根底から変えているのが、リフレクションである。
リフレクションとは、
単なる振り返りでも、反省でもない。
出来事の背後にある「自分の認知・感情・前提」を、
静かに取り出して見つめ直す行為だ。
日々の出来事を、
「正しかった/間違っていた」で片づけず、
・自分は何を感じていたのか
・なぜ、そう判断したのか
・どんな前提や恐れがあったのか
・なぜ、あの場面で苛立ったのか
・なぜ、強く言ってしまったのか
これらを丁寧に振り返り、
自分の内側に問いとして差し戻す。
このリフレクションがあることで、
経験は“消耗”ではなく“学習”に変わっていく。
この往復運動のなかで、
内側にたまっていく学びの出力のひとつとして、
僕の場合は自然とブログが生まれてくる。
書いているのはノウハウではない。
正解でも、きれいな成功談でもない。
人間としての学びの痕跡だ。
学びの心地よさと、ビジネスの厳しさは両立する
誤解されがちだが、
人間らしさを大切にすると、
経営が甘くなると思われがちだ。
だが、実感は逆である。
人を単純化し、管理しやすくしようとするほど、
現実とのズレは大きくなり、仕事も本質から遠退く。
人は複雑だ、という前提に立ったほうが、
判断は慎重になり、
関係は強靭になり、
芯を食った仕事になり、
結果的に、持続的な強さにつながる。
いまの僕は、
学びが心地いいと感じながら、
同時に、真剣にこのゲームを戦っている。
会社を良くするという「終わりのないゲーム」
この環境下で、
会社を良くするというゲームを戦う。
答えはない。
モデルケースも、綺麗ごと抜きに言えば、無い。
昨日の正解が、明日は変異している。
あるのは、
人を理解しようとする姿勢と、
自分を問い続ける覚悟だけだ。
解体業は、物理的には壊す仕事だ。
だが本当は、
何かを構築し直す仕事なのだとどこかで感じている。
今日もまた、
学びのサイクルが静かに回っている。
学びがこんなに楽しいとは
57歳になって、
人間らしさを学び直している。
それが、
苦しさを通り越して
こんなにも楽しく、
こんなにも手応えのあるものだとは、
正直、思っていなかった。
今日もまた、
現場で何かを感じ、
考え、
次の一手を打つ。
そしてブログ記事にしようとすることで
学びが言語化され、自分の型として取り込まれる。
――このサイクルが回っている限り、
このゲームを、首になるまで逃げずに本気で戦い切ってやろうと思っている。
筆者紹介:風を読む人事家
自動車業界で、人事etc.~海外子会社CEO~人事担当役員を経て当社へ。
人事・組織論の長年の実践知を、建設業のリアルな現場に注入し、組織と人の可能性を探究している。
一貫して向き合ってきたテーマは、
「社員の幸福感」と「経営へのインパクト」とを両立すること。
その問いに真正面から挑戦し続けている。
本ブログは開始当初から一貫して、毎週末に書き、毎週末に届けている。
激動の経営の中で見失いそうになる“自分”を、週末にそっと拾い直すための思索の記録でもある。
現場のリアルと人文知が交差する中で、
世の組織の中に潜む矛盾や不条理を鋭く、時に皮肉を交えて言葉にする。
もしあなたが、
「このままでいいのだろうか」と、ふと立ち止まったことがあるなら。
その言葉にしきれない違和感や揺らぎに、名前を与えるヒントが、ここにあるかもしれない。
2025年7月より当社代表取締役社長
