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「いい加減」に生きる勇気——中庸がつくるしなやかな幸福

僕の記事は、“ 心を軽くするため ” に自分自身が取り入れている考え方のシェアとも言えるが、ゴールデンウイークなので自分の中で選りすぐりのものを記事にまとめる。

僕は、日々の生き方のモットーとして「いい加減」を掲げている。
こう言うと、決まって誤解される。「無責任なのか」「手を抜くのか」と。
だが、僕が大切にしたいのはその類の「いい加減」ではない。

僕のいう「いい加減」とは、ものごとを中庸に保つちょうどよい加減のことである。

台湾に駐在していた時、台湾の仲間達から「大石さんって、ホント中庸な人ですよね」とよく言ってもらった。人生の中で他人から掛けてもらった言葉の中で、二番目に嬉しかった言葉だ。
なんと言っても、孔子の教えが根ずく異国の人々に、孔子の至高の概念とされる「中庸」の“筋金入り”認定を受けたのだから。

声を張り上げるほどの意気込みもいらない。かといって無関心でもない。
力みすぎず、抜きすぎず、適度な張りの中で人生を味わう。それこそが僕の考える「いい加減」だ。

“ちょうどよさ”の中にある、心の余白

世の中には「頑張ること」が正義のように扱われる場面がある。
努力は素晴らしいが、過ぎれば自分をすり減らす。
「まだ足りない」と背負い込み、自分の感情や体調より成果を優先してしまう。

しかし、人生には「余白」が欠かせない。
余白があるから、人は人を許せる。
余白があるから、自分の機嫌をとり戻せる。
余白があるから、アイデアも、遊び心も、対話のゆとりも生まれる。

“いい加減”とは、その余白を守るための姿勢でもある。

中庸を生きるための「尺度」は、自分の内側にしかない

世の中の「普通」や「正しさ」は、時代や文化でいくらでも変わる。
にもかかわらず、私たちはしばしば外側の基準に心を振り回される。

・人並みに稼ぐべきだ
・みんなと同じように働くべきだ
・忙しいことは良いことだ

こうした“外側の物差し”は便利だが、行き過ぎると自分の幸福度を奪っていく。

本来、「ちょうどいい加減」は自分の身体が知っている。
心の奥底が知っている。
外の基準ではなく、自分の内側の声に耳をすませたとき、ようやく見つかるものだ。

科学的にも立証されている「いい加減」の良さ

「いい加減」は感覚論ではない。実は、人が力を発揮し、心身を保ち、長く走るための“最適点”として、研究の世界でも繰り返し示唆されている。

まず有名なのが、緊張や負荷とパフォーマンスとの関係である。
人は、負荷が低すぎれば集中できず、逆に高すぎれば焦りやストレスで判断が鈍る。つまり、パフォーマンスは「ほどよい覚醒(緊張)」の領域で最大化し、過剰になると落ちる。極端な根性論が成果を生むとは限らない理由がここにある。ちょうどよい張り、ちょうどよいプレッシャー、ちょうどよい難易度。そこに人は最も強くなる。

次に、回復(リカバリー)の重要性だ。
仕事の疲労は、気合いで押し切るほど蓄積していく。研究では、仕事から心理的に距離を取ること(切り離し)や、リラックス、軽い挑戦(熟達体験)などの回復経験が、心身の消耗を減らし、前向きさや良好な状態に結びつくことが示されている。要するに「余白」は甘えではなく、翌日の集中と健全さを生む“仕組み”である。

僕が「いい加減」をモットーにする理由は気分の問題ではない。
人が最も健やかに、強く、長く生きるための最適化なのだ。

「幸せ」を高めるのは努力よりも“調整”

心理学や幸福研究の世界でも、幸福感に直結しているのは
「どれだけ稼いだか」より
「人生をどれだけ自分で調整できているか」
と言われている。

人は、自分で選べている感覚(自律性)があるほど幸福度が高い。
日本を含む東アジアを対象にしたメタ分析でも、自律性と主観的幸福との関連は中程度以上に確認されている。
外側の正しさに縛られるほど心は削れ、内側の声に基づいて調整できるほど人は満ちる。
中庸とは、怠惰ではなく「自分で舵を握る」ための態度でもある。

働き方、休み方、人との距離、自分との対話。
それらを“自分で調整できること”が、人の幸福感を静かに押し上げる。
そして調整の鍵は、いつだって「極端」ではなく「ちょうどよさ」だ。

「いい加減」でいる人は、周囲を安心させる

不思議なことに、きちんと“いい加減”で生きている人は、周囲を穏やかにする。
無理をしない。背伸びをしない。そして、自分にも他人にも厳しすぎない。

だからこそ、他者に対しても自然に寛容になれる。
誰かのミスを責めるより「まぁそういう日もあるよね」と笑える。
自分の不調にも「今日はゆっくりしよう」で済ませられる。
そんな人と一緒にいると、周りの人は安心して自分のペースを取り戻せる。

“いい加減”を実践することは、結果的に周囲の幸福度にもつながっていく。

私が「いい加減」をモットーにする理由

経営者として、そして一人の人間として、
「張りすぎず、緩みすぎず、ちょうどよい状態でいることが、持続可能な幸せをつくる」と確信している。

強すぎる正しさは、人を傷つける。
弱すぎる意志は、自分を見失う。
だからこそ、僕が選びたいのは“真ん中の道”だ。

“いい加減”とは、人生を諦めることではない。
むしろ、人生を大切に扱うための技術であり、哲学である。
その哲学が、結果として自分の幸福にも、組織の幸福にもつながると感じている。

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筆者紹介:風を読む人事家
自動車業界で、人事etc.~海外子会社CEO~人事担当役員を経て当社へ。人事・組織論の長年の実践知を注入し、「社員の幸福感」と「経営へのインパクト」との両立に挑戦中。
週末のライフワークである人文科学や人事・組織理論の読書の傍らで徒然なるままに書き溜めたブログです。
建設業のリアルな現場での実践知の共有や、人事・組織論の視点から世の中の矛盾や不条理を鋭く、時に皮肉を交えて切り取ります。
業種を問わずさまざまな企業の中で「なんかモヤモヤしてる」「組織の中で立ち止まってる」そんなあなたの思考に一石を投じるヒントがここにあるかもしれません。
2025年7月より当社代表取締役社長