社長ブログ/お役立ち情報
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#050 自分と再会した瞬間、人生は「grace(恵み)」に変わる
(藤井風の楽曲『grace』を聴いた瞬間に、ふと立ち上がった感覚を書き留める。)
キャリアカウンセリングの現場で、僕自身が最も感動し、かけがえなく尊い瞬間がある。
クリティカルな解決手段が見つかったわけでもない。
状況が劇的に改善されたわけでもない。
それでも、身に纏った重い鎧をそっと脱ぎ、
自分自身と“再会”し、涙される瞬間 だ。
そして、
「この自分で、この人生で、よかったんだ」と泣き笑いに変わる 瞬間。
そんな場面を何度も見てきた中で、
ある日ふと耳にした藤井風の『grace』が、
驚くほどその瞬間の感覚と重なって聴こえた。
これは「何かを手に入れた後の歌」ではない。
人生のどこかで、自分の内面と出会い直した人の歌なのだ、と。
本稿は、
藤井風の『grace』が素晴らしい、ということを書きたいわけではない。
キャリアカウンセリングを受けることを勧めたいわけでもない。
人生の喜びや幸せは、外側の正解ではなく、
自分の内面と再会した瞬間に立ち上がる・・・
その感覚が、音楽というかたちを借りて、あまりに鮮やかに響いてきたこと。
先人の多くのキャリア理論が、『grace』によって頭の中で紐付いたこと。
その驚きから、筆を取ることにした。
『grace』という言葉は、「恵み」を意味する。
ただし、ここで語られている「恵み」は、
成功や報酬のようにあとから与えられるものではない。
人生の移ろいのなかで起こった出来事・・・
迷ったことも、遠回りした時間も、
うまくいかなかった選択や、後悔の残る日々も含めて・・・
それらすべてを振り返ったときに、
「あれがあったから、今の自分がここにいる」と肯定できること。
思わず否定したくなる過去までも抱えながら、
「この人生でよかった」
「この自分に会えてよかった」
と、静かに頷ける心の状態。
藤井風が『grace』で歌っているのは、
人生を美化することでも、前向きに解釈し直すことでもない。
人生そのものを「恵みだった」と引き受けた人だけが辿り着く、
深い自己受容と、自分を愛する感覚なのだと思う。
「正しく生きる」をやめた、その先で
「この生き方でよいのだろうか」
人生のどこかしこで、そんな問いがふと浮かぶ瞬間がある。
大きな挫折があったわけでもない。
特別に不幸でもない。
それでも、胸の奥に、言葉にならない違和感が残る。
私たちは長いあいだ、
「正しい選択」
「間違えない生き方」
「期待に応える自分」
・・・を軸に人生を組み立ててきた。
気づけば、外側にある基準、評価、肩書き、役割・・・を物差しに、
自分の人生を測ることが当たり前になっている。
けれど、その物差しで測り続けた先に、
本当の喜びや幸せは、果たしてあるのだろうか。
私たちは、何と戦っていたのか
藤井風の『grace』が描いているのは、
「何かを勝ち取った人」の物語ではない。
むしろそこにあるのは、
長く続いていた戦いが、いつのまにか終わっていた
——そんな静かな感覚だ。
誰かより優れようとしたり、
理想の自分に追いつこうとしたり、
期待に応え続けようと力を抜けなかった日々。
その戦いの相手は、
実は世界でも他人でもなく、
「こうあるべきだ」と思い込んでいた自分自身だった。
人生のある地点で、
そのことにふっと気づく瞬間が訪れる。
「もう、何かと戦わなくていいのかもしれない」
その静かな諦めにも似た安堵こそが、
人生の喜びの入口なのだと思う。
幸せは、足し算ではなく「再会」から始まる
私たちはつい、
幸せを「足りないものを埋めた先」にあるものだと考えてしまう。
もっと成長したら
もっと評価されたら
もっと自由になれたら
だが、『grace』が響かせている感覚は、その真逆だ。
何かを手に入れたから、軽くなったのではない。
不要なものを脱いだ結果、
ずっとそこにいた自分と、再会しただけなのだ。
頑張って生きてきた自分
迷いながらも選択してきた自分
うまくいかなかった時間も含めた自分
「ああ、この自分で生きてきたんだな」
そう腑に落ちた瞬間、
世界はほとんど何も変わらないのに、
見える景色だけが、やさしく変わる。
過去が意味を持ち、
比較が静まり、
今日という一日が、少しだけ肯定される。
人生の喜びや幸せは、
外側の正解を見つけたから生まれるのではない。
内面の自分と再会した、その瞬間に立ち上がる。
人生は、正解に近づく旅ではなかった
キャリアも、生き方も、
一直線にどこかの正解へ向かう道ではない。
遠回りも、停滞も、迷いも含めて、
あとから振り返れば、すべてに意味があり、物語の一部だったとわかる。
『grace』が放つ軽やかさは、
未来を楽観しているからではない。
過去と和解した人の足取りなのだと思う。
自分を責めることをやめ、
自分を作り替えることをやめ、
ただ「ここまで来た自分」を受け取る。
そのとき人生は、次の季節へ自然と進み始める。
あなたの人生にも、きっと
これは、特別な経験をした人の話ではない。
誰にでも、人生のどこかで訪れる可能性のある感覚だ。
忙しさの合間に
立ち止まった夜に
ふと流れてきた音楽をきっかけに
もしあなたが、
「このままでよかったのかもしれない」と
一瞬でも感じたなら
その感覚こそが、
あなた自身の内面から届いた「grace」なのだと思う。
人生は、正解を探す旅ではなかった。
何度も遠回りをしながら、
そのたびに少しずつ、
自分自身のほうへ戻ってくる旅だったのかもしれない。
もし人生のどこかで、
「この自分に会えてよかった」と感じた瞬間があるなら。
それが、あなた自身と再会した喜びなのだと思う。
<次回予告>
キャリアカウンセリングの現場で頻繁に目撃される幽霊、
「こうあるべき」「しなければならない」と考える自分
について、このまま筆を置かずにしたためている。
※ 音声番組 『解体しながら、話そう。』と『ブログを読むラジオ』は、本稿の世界観と合わないので、今回はお休みします。
筆者紹介:風を読む人事家
自動車業界で、人事etc.~海外子会社CEO~人事担当役員を経て当社へ。人事・組織論の長年の実践知を注入し、「社員の幸福感」と「経営へのインパクト」との両立に挑戦中。
週末のライフワークである人文科学や人事・組織理論の読書の傍らで徒然なるままに書き溜めたブログです。
建設業のリアルな現場での実践知の共有や、人事・組織論の視点から世の中の矛盾や不条理を鋭く、時に皮肉を交えて切り取ります。
業種を問わずさまざまな企業の中で「なんかモヤモヤしてる」「組織の中で立ち止まってる」そんなあなたの思考に一石を投じるヒントがここにあるかもしれません。
2025年7月より当社代表取締役社長
