社長ブログ/お役立ち情報

#070 自分らしさを突き詰めると、人生は軽くなる――僕が経営とキャリア支援を続ける理由

キャリアコンサルタントの師匠から、興味深い言葉で僕のある能力を評していただいたことがある。

「大石さんは、もはや自分で“出し入れ”ができる人ですね」

もっぱら右脳が強い僕は、その言葉の意味を即座に概念で理解し、免許皆伝されたかのような喜びが心に拡がったことを覚えている。

『出し入れする能力』の話。

今日、キャリアカウンセリングの実践練習会で、一緒に学ぶ仲間たちにその話をした。

仲間のひとりが、「そのときのこと、覚えていますよ。先生はその後に“出し入れ”とはなにか、言語化されていましたよ」と教えてくれた。

僕は当時、舞い上がってすっかり聞き洩らしていたようだ。言語化された師匠の真意は、こういうことらしい。

「ありたい自分を意識することで、見たくない自分をコントロールする力が高い」

なるほど、言い得て妙だと思った。

僕にも、怒りや嫉妬、焦りや不安といった感情がないわけではない。理想どおりにならない現実に腹を立てることもあれば、誰かの言葉に傷つくこともある。

見たくない自分は、僕の中にもいる。

しかし、その感情に支配され続けることはあまりない。

なぜなら、そのたびに、

「僕は、どうありたいのか」

を考えるからだ。

腹が立ったときには、相手をやり込めたい自分ではなく、相手の自己成長を願う自分を選ぶ。

不安になったときには、逃げたい自分ではなく、今ココで出来ることに誠実に向き合う自分を選ぶ。

傷ついたときには、相手を責める前に、自分はナゼ傷ついたのかを見つめる。

自分の中にいる無数の自分のうち、どの自分を前に出し、どの自分をいったん脇に置くのか。

先生の言う「出し入れ」とは、おそらく、どの自分を生きるかを自分で選べるということなのだと思う。

悩みはほとんど続かない

「悩みはありますか」と問われたとする。

正直に言えば、長く続くことはない。

もちろん、課題や問題は山積している。

人間関係に心を砕くこともある。会社の未来を考えて、眠れない夜もある。

それでも、悩み続けることは. . . ない。

モヤモヤが生まれると、自分の中で対話を始めるからだ。

ただし、その前に一つだけ行っていることがある。

「これは、誰の問題なのか」

を仕分けることである。

相手が僕をどう思うか。

僕の言葉を聞いて、相手がどう解釈し、どう行動するか。

僕のことを評価するか、しないか。

それは相手の問題であり、僕にどうこう出来ることではない。

一方で、僕が何を伝えるのか。

どのような態度で向き合うのか。

伝わらなかったとき、自分の言動をどう省みるのか。

それは僕の問題である。

これは、アドラー心理学でいう「課題の分離」に近い。

だからといって、他人を突き放すわけではない。手を差し伸べ、対話し、共に問題に向き合うことは納得のいくまでする。

ただ、その人が考え、選び、行動する余地まで奪わない。

他人の人生を背負おうとせず、自分が引き受けるべきことに責任を持つ。

それだけで、背負わなくてもよい荷物をずいぶん下ろすことができる。

人生が軽くなるのは、問題がなくなるからではない。

自分が向き合うべき問題の本質だけに、真摯に向き合えるようになるからだ。

モヤモヤの中に、自分らしさがある

他人ではなく自分の問題だと分かったら、そこから自分との対話を始める。

なぜ腹が立つのか。

なぜ悲しいのか。

なぜ不安なのか。

僕は何を守りたいのか。

本当はどうしたいのか。

そして、僕はどうありたいのか。

問い続けていると、モヤモヤの奥にある自分の価値観が見えてくる。

怒りの奥には、守りたいものがある。

悲しみの奥には、大切にしたかった関係がある。

違和感の奥には、どうしても譲れない自分がいる。

だから僕は、モヤモヤを悪いものだとは思わない。

むしろ、本当の自分へたどり着くための入り口だと考えている。

自分らしさとは、たった一つの性格や特徴ではない。

優しい自分もいれば、厳しい自分もいる。

一人でいたい自分もいれば、誰かとつながりたい自分もいる。

人を導きたい自分もいれば、静かに支えたい自分もいる。

そのどれもが自分である。

自分らしさを突き詰めるとは、どこかに隠れている「本当の自分」を一つだけ発見することではない。

自分の中にある無数の要素を深く知り、その時々で、ありたい自分を選び続けることなのだと思う。

答えは、すでに自分の中にある

キャリア支援をしていると、多くの人が「自分が分からない」と言う。

しかし、本当は分からないのではないのかもしれない。

自分の声よりも、外から聞こえてくる声が大きくなりすぎているのだ。

親の期待。

世間の常識。

会社から与えられた役割や期待。

周囲からの評価。

「こうあるべき」という思い込み。

そうしたものに覆われて、自分の声が聞こえなくなっているだけなのではないだろうか。

答えは、いつも自分の中にある。

「なぜそんなに異色なキャリアなのか?」と驚く人が多い僕の道。

それでも. . . いや. . . だからこそ、今の僕はとても幸せなのだ。

普通に考えれば選ばない道を、僕は選んできた。

自分との対話を続けると、不思議と答えは変わらなかった。

僕はどうありたいのか。

何を大切にしたいのか。

その問いだけを握りしめてきた。

だから今の僕は幸せなのだと思う。

「普通はこうするべき」という答えではなく、自分はどうありたいのかを問い、自分の答えを選んできたからだ。

僕が解体するのは建物にとどまらず、人や組織を縛っている思い込みも解体したい。

その人が自分の中にある無数の自分らしさを掘り起こし、自分の答えにたどり着くお手伝いをしたい。

大きなお世話であることは百も承知だが、僕がしたい、僕の道なのだ。

だから僕は、経営をしている。

だから僕は、キャリア支援をしている。

社員にも、地域の人にも、僕の答えを教えたいわけではない。

その人自身の中にある答えに、その人自身がたどり着いてほしい。

本当の幸せとは、問題が何も起きないことではない。

モヤモヤが生まれても、自分の中に戻り、自分なりの答えを見つけられることではないだろうか。

背負わなくてもよい荷物を下ろす。

そして、自分が引き受けるべき人生を、自分で選ぶ。

自分らしさを突き詰めるほど、人生は軽くなる。

人生を軽くする方法は、何かを手に入れることではない。

幸せの答えは、ずっと前から、自分の中にある。

本当は自分でも知っている答えから、逃げるのをやめることなのかもしれない。

筆者紹介:風を読む人事家

自動車業界で、人事etc.~海外子会社CEO~人事担当役員を経て当社へ。
人事・組織論の長年の実践知を、建設業のリアルな現場に注入し、組織と人の可能性を探究している。
一貫して向き合ってきたテーマは、
「社員の幸福感」と「経営へのインパクト」とを両立すること。
その問いに真正面から挑戦し続けている。

本ブログは開始当初から一貫して、毎週末に書き、毎週末に届けている。
激動の経営の中で見失いそうになる“自分”を、週末にそっと拾い直すための思索の記録でもある。

現場のリアルと人文知が交差する中で、
世の組織の中に潜む矛盾や不条理を鋭く、時に皮肉を交えて言葉にする。
もしあなたが、
「このままでいいのだろうか」と、ふと立ち止まったことがあるなら。
その言葉にしきれない違和感や揺らぎに、名前を与えるヒントが、ここにあるかもしれない。

2025年7月より当社代表取締役社長

読んでいただき、ありがとうございます。

僕がなぜ経営を続けるのか、
なぜ人と組織について書き続けるのか。
僕という人間がよく分かる3本です。