社長ブログ/お役立ち情報
- 浜松の解体業者 丸友開発 トップ
- 社長ブログ/お役立ち情報
- サイトマップ
#073 経営は「自分らしさ」の追求に似ている
MVVが、どうもしっくりこない
MVV。
Mission、Vision、Value。
会社は何のために存在するのか。
どんな未来を目指すのか。
何を大切にして行動するのか。
それをみんなで考え、言葉にして、共有する。
僕は、流行りに流されることには抵抗があるが、この考え方が嫌いではない。
むしろ、とても大切なことだと思っている。
僕たちの会社は小さな会社だが、組織が大きくなるほど、経営者が何を考えているのかは伝わりにくくなる。
「僕たちは、どこへ行くのか」
「何を大切にする会社なのか」
それを言葉にすることには意味がある。
それなのに。
どういうわけか、僕はMVVのことを考えるたびに、心のどこかに小さなモヤモヤが残ってきた。
これまで、その理由が分からなかった。
でも最近、自分と経営について考えていて、
「ああ、そういうことだったのか」
と、やっと腑に落ちた。
僕には、先に風景が見える
僕はおそらく右脳が少し強い。
これまで、どんな適性・適職診断をやっても、常に結果は「芸術」一本立ち。
今は子供のころに指導を受けた先生から再びピアノを習っている。
デザインも大好きだ。
道を間違えたかと思うこともあるが、
人生も経営も、アートだとすら感じている。
だからなのか、
まず理屈を組み立てるより、
「こうなっていたい」
という風景のようなものが先に浮かぶ。
経営でも同じだ。
安全、工事品質・技術、営業、人材、組織、そして会社全体。
それぞれに、
「もっとこういう状態にしたい」
という構想がある。
そして現実を見る。
すると当然、そこには距離がある。
だから僕は、
「何が邪魔しているんだろう?」
と、その距離を生んでいる障壁について考え始める。
人なのか。
仕組みなのか。
役割なのか。
昔から続いている「こうすべきだ」という思い込みなのか。
一つの課題を、頭の中でバラバラにしていく。
どうやら僕は、建物以外のものまで、ずっと解体しているらしい。
会社は頭の中ほど綺麗には進まない
ありたい姿を描く。
現在地を見る。
その間にあるものを解体する。
道筋を考える。
前進する。
これで一直線に進めれば分かりやすい。
でも経営は、そんなに綺麗には進まない。
問題が起きる。
社員から話を聞いて、
「そんなことが起きていたのか」
と知る。
お客様から教えていただく。
こちらを直したら、別の問題が見えてくる。
僕自身が、
「そもそも考え方が足りなかったな」
と気づくこともある。
そのたびに学んで、考え直す。
昨日までAだと思っていても、
「やっぱりBからやった方がいい」
と思えば変える。
僕は、昨日決めたことを守ることより、今日分かったことを明日の経営に使いたい。
だから、かなりの速さで考えが更新されていく。
社員からは一貫性がないと思われることもあるかもしれない。
でも、それだけじゃなかった
ここまでは、自分でも分かっていた。
ところが最近、もう一段深いところに気づいた。
経営していると、
「安全とは、こういうことを大切にしたい」
「社員とは、こんな関係でいたい」
「お客様とは、こう向き合いたい」
「資金は、こういうことに使いたい」
「こんな会社には、したくない」
と、一つひとつ気づいていく。
それらは必ずしも、最初に描いたビジョンから因数分解してきたものばかりではない。
むしろ、目の前で起きた出来事から気づくことの方が多い。
そして、不思議なことに、
それは新しいものではない。
「そういえば、僕は昔からこういうことが嫌だったな」
「僕はずっとこれを大切にしていたな」
そんなふうに、後からつながる。
さらには、会社の仲間たちと会話を深めていると、
「僕は」ではなく「僕たちは」に変わっていく。
そこで、ハッとした。
これって、「自分らしさ」と同じじゃないか
僕はキャリアコンサルタントの学びをきっかけに、ずっと「自分らしさ」について考えを深めている。
そして僕は、
人は、「自分らしさ」に近づくほど幸せになれる
と思うようになった。
ただ、「自分らしさ」という言葉には少し危うさもある。
どこかに「本当の自分」という完成された一人の人間がいて、それを探し当てれば人生の答えが見つかる。
そんなふうにも聞こえるからだ。
でも、たぶん違う。
自分らしさは、ひとつではない。
どんな仕事をしたいのか。
人とどう関わりたいのか。
何を大切にするのか。
何に怒るのか。
何をしている時に心が躍るのか。
どんな時に「これは自分じゃない」と感じるのか。
その一つひとつに、
「自分らしい」がある。
僕たちは人生を生きながら、その小さな「自分らしい」を一つずつ発見しているのではないだろうか。
「自分らしさ」は、もうそこにある
ここが、僕にはとても重要だった。
自分らしさを追求するとは、新しい何者かになることではない。
人と出会う。
働く。
失敗する。
傷つく。
誰かに喜ばれる。
そんな経験を重ねたある日、
「ああ、僕は昔から、こういう人間だったんだ」
と気づく。
つまり、自分らしさとは、
ずっと自分の中にあったのに、自分でも気づいていなかったもの
なのかもしれない。
だから僕は「解体」という言葉に親和性を感じるのだと思う。
「普通はこうだ」
「こうあるべきだ」
「自分はこういう性格だ」
そんなものを一枚ずつ剥がしていく。
何かを付け足して、立派な自分になるためではない。
もともとそこにあった自分に近づくために。
会社にも、「自分たちらしさ」がある
会社も、まったく同じなのではないか。
どんな工事が、僕たちらしいのか。
お客様との関係では。
社員同士の関係では。
地域との関係では。
会社にも、無数の「自分らしい」がある。
経営とは、その一つひとつについて、
「これは僕たちらしい」
「いや、これは僕たちじゃない」
と発見していくことなのではないだろうか。
そして、それも新しくつくった価値観とは限らない。
振り返ってみれば、
「そういえば、昔から僕たちはこれを大切にしていたな」
と気づく。
まだ言葉になっていなかっただけなのだ。
ここでようやく、僕のMVVへのモヤモヤが晴れた。
MVVは「答え」ではなく、発見するもの
僕は、MVVが嫌いだったわけではない。
むしろ必要だと思う。
ただ、Mission、Vision、Valueといういくつかの短い文章をつくり、
「これが私たちです」
と会社を言い切ってしまうことに、どこか違和感があったのだ。
会社は、そんなに単純じゃない。
大きな会社では「うちのMVV、腹落ちしないんだよね」と口にする人も少なくない。
それはそうだ。
僕たちらしさは、日々の仕事の至るところにある。
そして、まだ僕たち自身が気づいていない「僕たちらしさ」も、きっとたくさんある。
だとすればMVVとは、会社らしさを決めるものではなく、
経営という営みの中で発見してきた「僕たちらしさ」を、その時点で言葉にしてみること
なのかもしれない。
そして、もうひとつ思う。
MVVには、「掲げる時期」が大切なのではないか。
社長就任約1年、僕はありたい姿と現在地を行ったり来たりしながら、日々の出来事から新しい「僕たちらしさ」を発見している。
何度会社の仲間たちと会話を深めただろう。
その度に、「大切にしたいこと」が、「僕が」ではなく「僕たちが」に変わっていく。
さらにこの一年、できる限りお客様と直接お会いしてきた。積み上がった名刺は1150枚。
あるゼネコンの現場監督から、丸友開発のQCDがいかに優れているかを延々と聞かせていただいたこともある。お客様から聞く「丸友開発自慢」は、本当にうれしく、誇らしかった。
お客様との対話を重ねるほど、ご期待と「僕たちが大切にしたいこと」が重なっていく。
言葉を直接受け止めたり、表情や態度から直感で感じ、言葉に変換したり。
そして、現実に照らして考え直す。
右脳と左脳を行ったり来たりしながら、現実との間を何度も何度も往復している。
だから今は、ありたい姿の解像度がどんどん上がっていく。
そんな時に、無理に短い言葉へ閉じ込めなくてもいいと思っている。
「この件について、社長の方針は?」と聞かれたら、「今はこう考えているよ」と伝えるようにしている。
いつか、「これなら、しばらく変えなくていい」「これが、僕たちらしい」とみんなが腹落ちできる言葉にたどり着く。
その時こそ、MVVとして掲げる時なのではないか。
そう考えたら、僕の中でずっと引っかかっていたものが、すっと外れた。
経営は、「自分らしさ」の追求に似ている
僕は最近、自分の個人ミッションをこんなふうに考えている。
人は、自分らしさに近づくほど幸せになれる。
そして僕がやりたいのは、
その道を塞いでいるものを、一つひとつ解体すること。
ブログでは、思い込みを解体する。
キャリア支援では、「自分はこうあらねばならない」という決めつけを解体する。
経営では、人の持ち味や会社らしさを覆い隠しているものを解体する。
本業では、役目を終えた建物を解体し、その土地のコンテキストに合った価値ある未来が始まる余白をつくる。
どうやら僕は、ずっと同じことをしていたらしい。
そして今日、そこにもう一つ加わった。
経営とは、まだ存在していない理想の会社をゼロからつくることだけではない。
もともと僕たちの中にあったのに、まだ気づいていない「僕たちらしさ」を、一つひとつ発見して、追求していくこと。
これは僕たちらしい。
これは違う。
これは大切にしたい。
これは、もう手放していい。
そんな発見を積み重ねながら、会社も少しずつ自分らしくなっていく。
人も会社も、きっと同じなのだ。
新しい何者かにならなくてもいい。
余計なものを解体しながら、
昔からそこにあった「自分らしい」に、一つずつ気づいていけばいい。
その旅そのものを、僕は経営と呼びたい。
そして、その途中で心を揺らした風景を、一つひとつ心に刻みながら歩いていきたい。
筆者紹介:風を読む人事家
自動車業界で、人事etc.~海外子会社CEO~人事担当役員を経て当社へ。
人事・組織論の長年の実践知を、建設業のリアルな現場に注入し、組織と人の可能性を探究している。
一貫して向き合ってきたテーマは、
「社員の幸福感」と「経営へのインパクト」とを両立すること。
その問いに真正面から挑戦し続けている。
本ブログは開始当初から一貫して、毎週末に書き、毎週末に届けている。
激動の経営の中で見失いそうになる“自分”を、週末にそっと拾い直すための思索の記録でもある。
現場のリアルと人文知が交差する中で、
世の組織の中に潜む矛盾や不条理を鋭く、時に皮肉を交えて言葉にする。
もしあなたが、
「このままでいいのだろうか」と、ふと立ち止まったことがあるなら。
その言葉にしきれない違和感や揺らぎに、名前を与えるヒントが、ここにあるかもしれない。
2025年7月より当社代表取締役社長
読んでいただき、ありがとうございます。
僕がなぜ経営を続けるのか、
なぜ人と組織について書き続けるのか。
僕という人間がよく分かる3本です。
